今回の患者様αさんは85歳の男性の方で、近所の診療所に高血圧や糖尿病で通院していましたが、これまで大きな病気で入院したことはなく、体格もしっかりされていてお元気な方でした。診療所で定期的な採血検査をしていましたが、最近徐々に貧血が進行してきていると主治医から指摘され、総合病院での精密検査を勧められました。総合病院での精密検査の結果、進行大腸癌を認め、肝臓への転移も認められました。そのため高齢ではありましたが、認知症もなくお元気な方であり、手術や抗癌剤治療に耐えられる体力もあると判断され、手術目的に総合病院へ入院。初めての入院のためか、入院一日目はやや不安そうな様子で、夜もあまり眠れていなかった様子でした。翌日に手術を控えていた入院二日目の夜間、急に家に泥棒が入っているから家に帰ると大声で叫び始めたため、ご家族を呼び主治医が説得を試みました。しかし興奮状態で話をしても意味不明な言動もあり、急遽精神科医の診察も受けたところ、高齢の方や体調の悪い方が入院すると起こりやすい、せん妄状態であると判断。せん妄状態であれば退院すると速やかに改善することが多いため、入院の継続は不能と判断され自宅に退院。退院後には速やかに興奮状態は改善し、本人は全く覚えていないとのことでした。後日入院担当医の外来に再診し、入院するとまたせん妄状態となる可能性が高く、手術後や抗癌剤治療中の安静も保てない可能性があるため、治療は難しいと説明。自宅での緩和治療を勧めら れ、当院に訪問診療による在宅緩和治療の依頼があり。数日後より自宅への訪問診療を開始。訪問診療開始当初は自覚症状もなく、せん妄状態も認めませんでした。進行大腸癌による腸閉塞を防ぐため下剤による排便コントロールと、せん妄を予防するため日中日光に当たり体操などの適度な運動をしてぐっすり眠るよう生活指導を実施。その後しばらく安定していましたが、訪問診療開始2か月後くらいから腹痛を自覚するようになり、同時に食欲の低下や下肢の筋力低下により、ほぼ寝たきり状態となってしまいました。癌性疼痛の内服治療とせん妄予防のための睡眠薬を開始した数日後の深夜、窓の外に人がいて家の中を覗き込んでいると大声で叫び始めていると家族から連絡があり、急遽往診実施。再び体調の悪化によりせん妄状態が出現するも、入院するとさらに悪化するため、自宅でせん妄に対する内服治療も開始。軽度のせん妄は継続したものの、徐々に全身状態が悪化し、約一週間後ご自宅で家族に見守られながら静かに息を引き取られました。