今回の仮想患者様Tさんは80歳の女性の方で、約10年前に脳梗塞を発症し脳神経外科に入院して治療を受けました。その後、その後遺症である右半身麻痺と脳血管性認知症を発症し、退院後もご家族に付き添われて脳神経外科と精神科に通院を続けていました。しかし年齢と共に、麻痺がない左半身も筋力が低下したため、杖歩行も困難となりました。また脳血管性認知症も次第に悪化し、通院を拒否したり、昼間寝てしまい夜眠らなくなる昼夜逆転も見られるようになりました。さらに昼夜問わず、一日中家の中を転びそうになりながら歩き回り、家族がやめるように説得するもやめず、転倒も何度も繰り返しました。また昼夜問わず外に出ようとする行為も見られ、何度か家族が少し目を離した隙にいなくなってしまい、警察に保護されたこともありました。このようなことが毎日のようにあり、家族も寝る間もなく目が離せない状態となり、自宅での介護に限界を感じていました。しかし患者さん自身は施設入所を拒否され、通院も拒否。家族が病院に薬の処方のために受診したくても目が離せない状態であるため、御家族から当院訪問診療での対応の希望があり。通院中の病院の主治医から訪問診療への移行に了解あり、数日後より当院訪問診療を開始しました。 脳血管性認知症に対する治療は今のところ特効薬は無いため、まずはせめて夜間ご本人にゆっくり眠って頂くこととしました。昼寝を短時間程度とするようにし、寝る前に睡眠薬を内服して頂き、朝までぐっすり寝て頂くことで生活のリズムを作り、認知症の進行を少しでも遅らせ、せん妄の出現を防ぐことを心掛けました。同時に介護されている御家族もせめて夜間はゆっくり眠って頂き、日中の介護を継続して頂けるようにという考えもあります。次に夜間睡眠がとれるようになったら、もし日中興奮状態になることがある患者様には、興奮を和らげるような内服薬を追加し、少しずつ必要であれば増量していきます。その後もし可能であれば、日中デイサービスでレクレーションに参加して頂いたり、お風呂に入れてもらうなどのサービスを受けて頂き、日中の家族の介護負担も少しずつ減らすようにしていきます。最終的には、認知症の進行と高齢による老衰傾向により、寝たきり状態から食事がとれなくなっていきます。その際も御家族と相談し、残念ながら認知症は治すことができない病気であるため、点滴などで延命はせず、自然な経過で最期まで見守っていきましょうということを提案させて頂いております。