今回の仮想患者様Iさんは86歳女性の方で、脳梗塞の既往があり、介護を受けながらの生活が必要であるため、グループホームに入所中でした。通院も困難であるため、当院では約3年前より施設への訪問診療にて、脳梗塞後遺症への抗血小板剤などの処方を継続しておりました。脳梗塞により片麻痺があり、高齢で下肢の筋力低下も認められるようになり、最近は車椅子かベッド上での生活となっていました。また以前より便秘も認められ、下剤も服用中でした。抗血小板薬内服中の為、胃潰瘍の既往もあり胃薬は服用されていました。そんな療養生活を過ごされていたある日、突然排便と共に多量の鮮血色の下血が出現。そのため入所施設より急遽往診の依頼があり、往診を実施。本人は少し腹痛があるものの、吐き気や発熱などはありませんでした。 今回の症例で下血の原因として考えられる疾患は、①痔からの出血、②虚血性腸炎、③消化管潰瘍、④悪性腫瘍です。①は高齢の方では最も多い下血の原因と考えられますが、抗血小板薬などを内服していると、さらに出血が止まりにくくなります。しかし基本的には自然止血されることがほとんどです。②は大腸への血流が一時的に悪くなることで、主に下行結腸付近に潰瘍などができることで下血します。治療は腸管の安静と便秘の予防などです。③は抗血小板薬や痛み止め、高度便秘、血流障害などで小腸や大腸に潰瘍ができ、下血が起こることがあります。この症例では胃薬を内服されていたため、胃潰瘍や十二指腸潰瘍は否定はできませんが、可能性は低いと考えました。小腸潰瘍や大腸潰瘍の治療は、原因となる薬剤の休薬と便秘の解消、腸管の安静などです。④も特に高齢症例では、下血の原因として多い一つです。大腸癌が原因であるかは大腸内視鏡検査をしなければわからないことが多いのですが、高齢症例ではなかなか下剤を多量に内服することなどが困難であるため、検査自体が困難となることが多いです。この治療としては、大腸癌が切除可能な状況であれば、手術が治療となります。 下血は腸液などと混ざり、少量の出血でも多くの出血量に見えるため驚くことが多いですが、血圧の低下や強い腹痛などがなければ、時間外の受診までは必要がないことが多いです。緊急性があるのは、鮮血色の下血よりもイカ墨のような黒い便やレンガ色の赤黒い便がでる出血性胃潰瘍や出血性十二指腸潰瘍であることを覚えておいて頂きたいと思います。