今回の仮想患者様Dさんは、90歳男性の方で、これまで特に大きな病気もしたことがなく、80歳くらいまでは自分で何でも身の回りのことはできていました。80歳を過ぎた頃から徐々に足腰が弱くなり、高血圧で通院していた診療所の医師からは、徐々に心臓と腎臓の機能が低下してきていると言われていました。85歳を過ぎた頃から、長く歩くと息切れがするようになり、通院も辛くなってきました。それでも何とか90歳まで1か月に1回診療所の通院を続けてきましたが、ある日風邪をひいて1週間くらい自宅で寝込んでしまいました。風邪は治ったものの足腰がさらに弱り、自分で自由に歩くことができなくなり、自宅でほとんど座っているか横になっている状態となりました。そのうち食欲も落ち始め、食事の際によくむせるようになってきました。数日あまり食事がとれず、微熱も続くようになり、いつもの診療所に行こうと思っても連れて行くことができないため、御家族がいつも通院している診療所の医師に相談。訪問診療を行っている当院を紹介され、御家族が当院に受診され、数日後自宅への訪問診療を開始しました。自宅で診察や血液検査など行ったところ、心臓や腎臓の機能の低下と共に栄養状態が悪く、飲み込んだものの一部が気管に入り肺炎を起こす誤嚥性肺炎も軽度あることが疑われました。また軽度の脱水も疑われました。しかし入院の適応となるほど重症ではな く、御家族と今後の治療方針について相談。御家族はとりあえず食事もあまりとれていないため、自宅での点滴を希望。それに対し、点滴をすることによるリスクを次のように説明しました。心臓の機能と腎臓の機能が低下していること、栄養状態があまり良くない状況であることから、点滴を行うと脱水は一時的に改善するかもしれないが、点滴で入れた水分が体の外にうまく尿として排出されず、心臓にたまると心不全となり、胸腔内にたまると胸水となり、呼吸が苦しくなる可能性がある。また全身の皮下組織に水分がたまると全身のむくみとなり、さらに脱水の状態であると痰がうまく作れないため痰があまり出ないが、脱水が改善されると、特に肺炎などが起こっている場合には痰が多くなり、自分で痰が出せないと痰を管で頻回に吸引しなくてはならなくなり、かえってご本人に苦しい思いをさせる可能性があることを説明。(後編に続く)